



市民課の代表電話は、もはや単なる「問い合わせ窓口」ではありません。
市民の不満や不安がすべて流れ込み、「制度への不満」「担当課への不信」「議会や国への怒り」まで、まず市民課が受け止める構造になっています。
人数は増えない一方で、マイナンバー関連、税・保険料、子育て、福祉制度、ゴミ出しのルールなど、制度は年々複雑になります。
午前中から鳴りっぱなしの電話に追われ、窓口対応と事務処理の合間にクレーム対応が差し込まれる。昼休みも内線が鳴り続け、「誰も休めない日」が当たり前になっている自治体も少なくありません。
その中には、行き過ぎた要求や、同じ内容を何度も繰り返す電話、人格否定に近い発言も混ざります。いわゆるカスタマーハラスメントにあたる行為です。
本来は組織として線を引くべき電話なのに、「市民対応だから仕方ない」と現場任せになり、職員のメンタルが削られていきます。
業務改善やDXを任されている立場で、本当にやりたいのは「職員を守りながら、普通の住民にはきちんとサービスを届ける仕組み」を作ることだと思います。
ここに、AIをうまく組み込む余地があります。
AIの前に、まず整理しておきたい現実があります。
一つは、「どこからがカスハラか」という線引きです。
時間制限なく一方的に話し続ける。
同じ内容を何十回も電話してくる。
職員個人を攻撃する言葉を使う。
こうしたケースを「ここから先は対応を打ち切ってよい」という基準として、文書で決めておかないと、どれだけAIを入れても現場は守れません。
もう一つは、「記録」です。
誰が、いつ、どのような内容の電話を受けたのか。どんな発言があり、職員はどう対応したのか。
これを通話録音と文字起こしで残しておくことで、
・職員を守るための証拠になる
・繰り返される悪質な行為を、組織として把握できる
・議会や人事、メンタルヘルス対策の説明資料に使える
という状態を作れます。
AI電話や音声認識は、この「ルール」と「記録」を回す仕組みとして使うのが現実的です。
いきなりAIに「カスハラ電話を勝手に切らせる」のではなく、「一次受け」「案内」「記録」「見える化」を担わせることで、職員が本来やるべき判断と対応に集中できる環境を整えていきます。
市民課向けにAIを検討するときは、「明日からの業務フローがどう変わるか」で考えるほうがうまくいきます。
現場で任せやすい役割は、大きく三つです。
一つ目は、代表電話の一次受けです。
ゴミの収集日や分別ルール、戸籍・住民票・マイナンバーカードの手続き、開庁時間・窓口場所など、「聞かれる内容が決まっている電話」は、AIでかなりの部分を処理できます。
例えば茨城県潮来市役所では、「AI電話対応さくらさん」を導入し、市民からの一般的な問い合わせ(ゴミ収集や各種手続きなど)をAIが一次対応しています。
約530件の電話のうち、約91%をAIが自動で回答し、職員の電話対応負担を約70%削減したという結果が出ています。
こうした「普通の問い合わせ」をAIに寄せることで、人手を使うべき電話に時間を割けるようになります。
二つ目は、通話内容の自動記録と文字起こしです。
AI電話や、通話録音+音声認識の仕組みを入れれば、「いつ・誰から・どんな趣旨の電話」があったかを一覧で確認できるようになります。これはカスハラ対策の観点で非常に重要です。
「今日は○○という内容で10分以上のクレームが3件あった」「同じ人から同じ要求が何度も来ている」といった事実を、職員の感覚ではなくログとして示せます。
これにより、管理職や人事、産業医と連携した対策が取りやすくなります。
三つ目は、「危険な兆候のある電話を、それに対応できる職員に回す」ことです。
AIに法律的な判断をさせることはできませんが、「同じ言葉を何度も繰り返している」「声を荒らげている」「個人名を執拗に名指ししている」といった特徴を検知し、
・通常の問い合わせは、担当課の一般窓口へ
・感情的になっている可能性が高い電話は、線引きや対応方針を理解しているベテラン職員や管理職へ
と振り分けることは、設計次第で十分に可能です。
ここでもAIに「切らせる」のではなく、「誰が受けるかをコントロールする」方向で使うのが現実的です。
実際に、AIを活用して電話や問い合わせの負荷を下げている自治体の例を整理します。
茨城県潮来市役所では、「AI電話対応さくらさん」を導入し、市民からの一般的な問い合わせをAIが一次対応しています。
先ほど触れたとおり、約530件の電話のうち約91.1%をAIが自動回答し、職員の電話対応時間を約70%削減しました。
これにより、「通常の問い合わせに追われてクレーム対応の準備ができない」という状況をかなり解消できています。
滋賀県長浜市役所では、市民課・障がい福祉課・環境保全課など複数部署にまたがる電話業務を、「AI電話対応さくらさん」で実証導入しました。
3か月間の問い合わせ186件のうち、約84%にAIが明確に回答し、ゴミ分別、戸籍、マイナンバーカード、障害者手帳などの問い合わせに24時間対応しています。
市民課だけでなく、クレームが発生しやすい環境保全系の問い合わせも含めて、AIを「一次受け」と「整理役」として置くことで、職員が本来やるべき調査・判断に時間を回せる体制を作っています。
青森県三戸町役場では、住民からの問い合わせ対応をAIチャットボットに置き換え、年間約800時間の業務削減を実現しています。
電話ではなくWeb窓口の事例ですが、「電話で来ていた内容の一部をオンラインに逃がすことで、全体の問い合わせ負荷を落とす」という意味で、市民課のDXとして参考になります。
これらの自治体に共通しているのは、「AIを入れたらカスハラがゼロになった」という話ではないことです。
「電話と問い合わせの“量”をAI側に寄せることで、カスハラに向き合う余力を作っている」という点が共通しています。
カスハラ対策はAIだけでは完結しませんが、「通常業務とクレーム処理の両方でパンクしている状態」から抜け出すための土台づくりとして、AIは有効な手段になっています。
忙しい市民課でAI電話を検討するとき、「とりあえずAIを入れて様子を見る」というやり方は、ほぼ失敗します。
業務改善を任されている立場として、押さえておきたい流れはだいたい次のようになります。
最初にやるのは、「電話の中身を分解すること」です。
1週間から1か月分の通話をざっくり分類し、「ゴミ・環境」「戸籍・住民票」「マイナンバーカード」「税・保険料」「その他」といったカテゴリごとに件数を数えます。
このとき、「AIで対応できそうな定型問い合わせ」と「人が時間をかけるべき案件(要調査やカスハラを含む)」を分けて見ることが重要です。
次に、「AIに任せる範囲」を決めます。
潮来市や長浜市のように、住民向けのFAQを整理してAIに学習させ、「最低限ここまで答えられれば、電話の何割かはさばける」というラインをイメージしながら設計します。
同時に、「この内容はAIで完結させない」「このタイプの発言が出たら必ず人につなぐ」といった線引きも一緒に決めておきます。
三つ目に、「通話の記録と共有のルール」を決めます。
AI電話や通話録音・文字起こしの仕組みを入れたら、それを誰がどう確認し、どこまで共有するかをあらかじめ決めておきます。
例えば「毎月、市民課と人事で“負荷の高い電話ランキング”を確認する」「一定回数以上の長時間クレームがあった場合は、上司と産業医へ自動的に報告する」といった形です。
最後に、「議会や上層部をどう説得するか」を準備します。
潮来市や長浜市、三戸町のような具体事例と、自庁の通話件数・残業時間のデータを並べ、「AI電話で一次受けをすれば、どれくらい時間と人件費を減らせて、職員のメンタルケアにもつながるか」をシミュレーションしておくと、予算の相談がしやすくなります。
ここまで読んで、「やらないとまずいのは分かるけれど、人も時間も足りない」という感覚だと思います。
そこで、昼間の10分でも手を付けられる、現実的な一歩を三つだけに絞ります。
一つ目は、「一番きつかった電話を三つだけ書き出す」ことです。
昨日か今週、「正直もう受けたくない」と感じた電話を三件だけ思い出し、内容・時間・回数を書きます。
これは感情の話ではなく、「どんな電話が職員を追い詰めているのか」を可視化するための最初の材料になります。
二つ目は、「AIに任せられそうな電話を三つだけ書き出す」ことです。
「これはAIで案内できたら楽だった」と感じた問い合わせを三つ挙げてみてください。
例えば、ゴミの収集日、戸籍の必要書類、マイナンバーカードの受け取り方法などです。
この二つのメモがあれば、ベンダーに相談するときに「カスハラ対策と業務効率化を一緒に進めたい」という意図を、具体的に伝えやすくなります。
三つ目は、「他自治体の事例を一つだけ選ぶ」ことです。
潮来市役所のAI電話、長浜市役所の電話AI実証、三戸町役場のチャットボット導入などから、「うちが参考にしたいイメージ」を一つ決めておくだけでも、庁内説明や議会対応が進めやすくなります。
カスハラそのものを一気になくす魔法はありません。
ただ、「電話の量をAIに寄せる」「通話を記録して見える化する」「線引きを組織として決める」という三つを組み合わせれば、市民課の職員を守りながら、住民サービスの質も落とさない現実的な道筋が見えてきます。
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